11 月 27
「妊娠力」という言葉は、私が今から7年前に最初に口にした言葉です。つま
り私が作った造語です。私が作った言葉ですから、いったいどういう言葉か、その辺
のことをお話ししたいと思います。
医学用語で、「妊孕性(にんようせい)」という非常に難しい言葉があります。
「妊孕性」というのは、わかりやすく言うと、”妊娠し易さ”、そういうことです。
例えば、女性は30歳過ぎると「妊孕性」が少しずつ低下し始め、35歳を過ぎると、
そのスピードは早くなる。そういったような使われ方をします。”一人の人間の持つ
妊娠しやすさ”のことを「妊孕性」というわけです。
少し面白い話があります。今から5年ほど前でしょうか。ある新聞社の取材を受け
たことがありました。記者の人が、私に質問してきました。
「妊孕性という言葉は、男性にも使っていいのか?」そういう質問を受けたのです。
私自身、そういうことを今まで考えたことが無かったものですから、ちょっと答えに
窮してしまいました。すると、その記者さんが、「妊娠して、子供を孕むのは女性の
方なんだけれども、パートナーの方はそれに協力して孕ませるんだから、男性にも使っ
ても良いんじゃないか」そういうふうに、勝手に本人が納得してしまった、というこ
とがありました。
では、「妊孕性」という言葉を、単純に易しくしたモノが「妊娠力」なのか?
私自身はそういうふうには考えてはいません。男性にあてはまるかどうかは別にし
ても、「妊孕性」という言葉、一人の人間の持つ妊娠し易さを「妊孕性」というので
すね。それに対して、私がイメージした「妊娠力」という言葉は、カップル二人の間
から生まれてくる力です。そういうメッセージを伝えるために、『妊娠力』という本
を出したわけです。
ですから、例えば二組のAというカップルと、Bというカップルがいたとして、そ
して、ともに、不妊に関する問題がなかったとします。そして、Aというカップルは、
夫婦の愛情が深く結ばれていて、B夫婦はそうでもなかったとした場合、その個々の
妊孕性は同じかもしれない。しかし、夫婦の持っている「妊娠力」には、大きな違い
があると思うのです。そういったやわらかいイメージを、「妊娠力」という言葉に私
は持っているのです。
「不妊ルーム」のフォローアップは、2人の妊娠力を高めることを、第一としていま
す。
感想などは、「不妊ルーム」HPからお願いします。
「不妊ルーム」HPへ
11 月 21
昨年、青森県から「不妊ルーム」のIVFカウンセリングに来られた方に、東京での体
外受精も選択肢というアドバイスをしたことがありました。その方は、実際に東京の
医療機関で体外受精をおこない、先日お母さんになりました。
メールの方は、北海道の方ですが、袋小路の状態で相談に見えました。
なんとか力になりたいと思っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
先生こんにちは。こちらは、朝、はらはらと雪がまっていましたが、やがてやみまし
た。寒い冬空です。
放生先生、お忙しいのに度々メールして申し訳ありません。先生にお会いしたのが、
2週間前というのに何だか随分昔のようです。私も少し頭の整理がつきました。
不妊治療を始めて、なかなか出ない結果や、いつまで続くのか分からない治療に心が
ぐちゃぐちゃになっていた時、立ち寄った本屋さんで見つけたのが「新・妊娠レッス
ン」でした。他にも不妊治療の本は並んでいたのですが、何かを感じて購入しました。
その日から何度も何度も何度もこの本を読み返しました。そして、自分が受けている
治療に疑問・不安・恐怖さえ感じたのです。同時に応援されているような気持ちにも
なりました。
私は、通院しているクリニックの医師に、注射はせず、そして、半年間服用を続けた
クロミッドは、お休みをして人工授精を続けたいと申し出ました。(勇気を出して・・
・)すると、とても分厚い学会資料を机の上によいしょと広げられると、hMG・hCGの
有効性と、人工授精は14回目まで有効であるというお話をされました。その時は、
納得して帰宅しましたが、やはり私が続けたい治療ではない!と思い直しました。
1週間後、医師にその事を申し出ました。すると、あっさり了解されました。今年の
8月のことです。その頃から、医師とのコミュニケーションが、今まで以上にとれな
くなり、また、卵胞もなかなか大きくならず、注射をすすめられました。私はただた
だ迷うばかりでした。そして、「放生先生に会いたい!」という気持ちが日に日に強
くなりました。夫も「行こう!」と言ってくれて、思い切って東京まで行く決心がつ
いたのでした。
カウンセリングの予約に関するメールを送ると、クリニックから本当にお電話がきま
した。私は、事務の方か看護師さんから電話が来ると思っていたので、放生先生ご本
人だと分かると、軽く息が止まりました(笑)。それだけでありがたい気持ちになっ
たことを覚えています。そして、実際にお会いして放生先生のパワフルさに圧倒され
ながらも、貴重な時間を過ごすことができました。帰り道、私の手元には、「体外受
精レッスン」がありました。
私は北海道に帰ってきてから、友人(不妊治療をしている)に、放生先生とのカウン
セリングや先生の著書について話をしました。彼女はとても興味深く耳を傾けていま
した。そして、彼女が言ったのです。「・・・でも、ストレートに東京での治療を進
められて良かったんじゃない?」
東京・・・冬の北海道から飛行機で・・・お金は・・・仕事は・・・困難なことをあ
げればキリがないのです。もし、先生が「お金もかかりますよね。来るだけでも大変
だし、仕事も・・・」と言われていたら、私は東京での受診をこんなに自然に決心で
きませんでした。
信頼できる先生の的確な一言一言に勇気付けられ、私は不妊治療に対する気持ちが変
わりました。色で例えるなら暗い海の底のような色。それが今は、何故か黄色。放生
先生、ありがとうございました。この先、どんな道のりが待っているか分かりません
が、今の気持ちは穏やかです。(なみなみと紅茶の入ったカップをジュータンにたた
きつけて、泣いていた頃が懐かしいくらい…)
○月○日に、こまえクリニックにお伺い致します。羽田に着いたら、そちらに向かい
ます。でも、午前の診療には間に合わないと思いますので、午後の診療時間に伺わせ
ていただきたいと思っておりますが… ○日に●●クリニックへ行く予定です。
先生はご多忙なので、メールは簡潔にと、いつも思っていたのですが、今日は長々と
すみませんでした。今月末、子宮がん検診を受けます。
北海道 ○子
11 月 08
職場などの同僚のことを「同じ釜の飯を食う仲間」という言い方をします。同じ釜の
飯を食べていると、人間はどうなりやすいでしょうか? 医師を例に、少し考えてみ
たいと思います。
医療の現場で ”同じ釜” といえば、どの大学にも数多く存在する医局というのが、
わかりやすい(一般の人には、あまりわかりやすくないのかもしれませんが、、、)
かと思います。大学の外科を例にとれば、その外科の医局が一つの釜ということにな
ります。そしてそこに所属する医師が、同じ釜の飯を食べることによって、切磋琢磨
し、医師としてトレーニングがなされていくわけです。
また、同じ釜の飯を食べていると、連帯感も生まれますから、外科などのチームワー
ク医療では、同じ釜の飯を食べることの効用は、とても大きいと思います。そして何
よりも、そうしたことがポジティブに働くのは、そこに所属するすべての人の技術の
標準化がはかれるということです。大学を卒業したばかりの新人の外科医が、いきな
り手術を担当するなどということは、あり得るはずもありません。釜の飯を何年も食
べ続け、技術を習得したうえで、技量に応じた仕事をおこなうでしょう。
今度は同じ釜の飯を食べることの、ネガティブな面について考えてみます。人は顔が
「十人十色」であるように、性格もさまざまです。それを個性ともいうわけです。し
かし同じ釜の飯を何年も食べていると、本来色々であるべき個性といったようなもの
までが、標準化といっては語弊がありますが、均質化される傾向にあるように思いま
す。
さらに医療現場では近年、EBM(科学的根拠に基づく医療)の実践ということが、常
識となっています。EBMは、医療の均質化に貢献します。しかし、EBMだけで医療の全
体像がみえるわけではもちろんありません。
例えば婦人科という釜の飯を食べてきた人々は、不妊症という病気に対しても、均質
的な見方をてしまうのではないか? さらにそれは、EBMの実践で、解決できる。多
くの婦人科の先生は、そのように考えないでしょうか?
私は不妊へのそうした考え方に対して、”不妊治療だけが妊娠に至る道ではない!”
と、主張してきました。もし私が婦人科という釜の飯を食べてきた人間だったら、
「不妊治療不妊」という言葉は、思い浮かばなかったでしょう。